2017年10月4日、北海道日本ハムファイターズ対オリックスバファローズの試合で、

北海道日本ハムファイターズは4番ピッチャーで大谷翔平を先発出場させました。


大谷翔平選手の国内最後であろう試合で起用しました。

ところで、プロ野球は過去にも4番ピッチャーはいたのでしょうか?


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4番ピッチャーで大谷翔平が先発出場!過去に4番ピッチャーはいたのか?


球速163km/hの投球をすれば打っては3割到達と、投手と打者の二刀流をプロ野球で実現した大谷翔平選手。

もちろん、これまではDH制があるパリーグなので、投手かDHの出場がほとんどでした。

しかし、DHを解除した3番ピッチャーという先発はありましたが、4番ピッチャーはそれまで実現しませんでした。

大谷翔平選手はプロ野球の歴史にまた新たな1ページを刻みました。






さて、4番ピッチャーは先程も記載した通り、投手もできて打者もできる二刀流ですが、

過去にはいたのでしょうか?

実は・・・






4番ピッチャーは・・・






いました!

しかも、22人も過去に果たしてます。

大谷翔平選手は23人目となりますが、プロ野球の80年以上の歴史の中でも23人しかいない偉大な記録。

いったいどんな選手が実現したか、一部をご紹介します。






1.野口二郎選手

1939年に東京セネタースに入団後から投打に活躍し、1953年を以て引退。

戦時中を除いた12年間での4番ピッチャーの先発は77回も果たし、最高記録でもある


2.景浦將選手

1936年から大阪タイガースで1943年まで活躍し、零代ミスタータイガースとも呼ばれた。

また、水島新司の漫画『あぶさん』の景浦安武のモデルとなった一人でもある。


3.藤村富美男選手

1936年から大阪タイガースに入団し、1958年までタイガース一筋で活躍し、初代ミスタータイガースと呼ばれていた。

4番ピッチャーだけでなく、選手兼任監督も務めていた。


4.スタルヒン(須田博)選手

ヴィクトル・スタルヒン。ロシアから亡命。

1934年に東京巨人軍に入団し、途中で第二次世界大戦の関係から須田博に改名、1955年まで活躍した。

通算300勝以上や83の完封など、輝かしい成績を残した。


5.川上哲治選手

1938年から読売巨人軍に入団し、1958年まで巨人一筋で活躍し、後に監督となってV9(9年連続セ・リーグ優勝・日本一)という偉大な記録を作った。

打撃の神様としてプロ野球初の2000本安打を達成し、投手については4年間務めていた。


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